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2014年5月

2014年5月17日 (土)

帰省の風景2014年5月

土地境界線の交渉問題で
帰省しました。
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往復4万円の帰省費用は自営業には
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こたえます。母のストレスを考えると
無駄にはできない時間となります。
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風景はいつもの様に素朴です。
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ローカル線の情緒も楽しめる新緑の季節
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12時から午後6時前後の到着。深夜の寝台列車の
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時代から考えれば早くなったとはいえ
やはり遠方である事は確かです。
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かつては蒸気機関車で通学の道
早朝の汽車の哀愁がトンネルの黒ずんだ
痕跡で忍ばれます
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車両はワンマンの1両、一日の本数は
1時間に1本あるかないかのまさに廃線寸前の
哀愁の路線となっております
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個人的にはそこが魅力と考えます。
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個人的に気に入ってる廃屋の様な空き家のかつての
金物店ですが総二階の木枠の窓から
当時は賑わったであろう夏祭りの路地を
ご家族が団扇片手に眺めていたのではと
忍ばれます。店舗の陽射しよけも哀愁あります
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この路地串焼きの提灯がまた哀愁があります
まだ営業してるようです
夕暮れに灯が灯るとまさに昭和です
モノトーンにすると当時そのままで時間が止まったようです
タバコ屋のタイルと木製のシャッターが
なかなかこった作りで当時の街角のタバコ屋という
雰囲気がまさに昭和レトロです
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売り家もあります、近所の新築の建て売り住宅に
引っ越されたのでしょうか
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今では珍しい高級素材の土壁の廃屋が渋いです
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昆虫もまだでてきていません
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母の畑にはエンドウ豆が花盛りです
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淡い色彩のツツジは穏やかな気持ちにさせれます
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水田になるとカエルが目覚めて
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田んぼで一斉に大合唱を
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始めます。まさに里山で
生物と人間の共存がバランス良く
共有している場所だと思います
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ただ後継者不足で過疎化が進んでいるのは
現実で土地に固執して自らを見失っている
隣人もいることも事実です、
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原野になるより自然を大切にして活用される方に
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ご提供できる事が理想とも思います
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庭には母の育てた花が満開です

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2014年5月15日 (木)

帰省の風景

5月3日から13日まで
土地境界線問題と草刈り家事手伝いで
帰省して参りました
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昭和の戦後の混乱の中
山師と大嘘つきが相手では
父もさぞかし苦労した事でしょう
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結局40年も境界線を越えて居座っており
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それを含めてセメント会社に
売ったというものです
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交渉は昨晩考えた様な嘘で境界を平地にならして
決裂し同じ故郷の住民として自慢できることではなく
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この地域の文化レベルの低さに
改めて気付かされる事になってしまい
誠に 遺憾で残念です。
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風景写真は周辺を撮ってみました
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地下資源の地域なのでいやされる風景とは言えませんが
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この時期、水田になっており工場のシルエットも
夕焼けの輝いていました
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お茶の先生も行った母は花が趣味ですので
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アヤメや畑のエンドウ豆が目に鮮やかでした
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美祢線にて仙崎まで乗車しました
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なんと言っても1時間に1本あるかないかの
状態なので滞在時間は数時間が限界となっております
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シロアリにアルバムを食い荒らされ当時の
妹の写真を一部救出したのが思い出のようです。
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大内義隆の家老の杉の家来だった先祖のようで
陶隆房の反乱によりこの僻地にたどり着いたようだ
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その歴史的なものは盗まれたりで
ほとんど痕跡は残っておらず
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先代も留守番をおいたのみで放置した家であったようだ
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という事もあり地元の山師同然から
土地を取られる事になったのであろう
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近所のは高原秋吉台、秋芳洞があり
地下資源と化石の地域でもあります
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大岩郷は山に巨大な岩が吹き出したようで
素朴ながら不思議な風景となってます
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日本海の海だけは自慢できます
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実家に帰省しても周辺住民との会話はないし
4年ごとの同窓会程度なので
山口県民を知らないと言っても良い状態ですが
最近ではネットでの会話をきっかけにリアルにお会いできる
ことが可能になったのはすばらしい。

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